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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4877号 判決

原告

綱島正一

右訴訟代理人

小室貴司

〈外一名〉

被告

カマタ株式会社

右代表者

赤津弥喜雄

被告

日東商事株式会社

右代表者

赤津弥喜雄

右被告ら訴訟代理人

田中浩二

主文

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載の各土地を明け渡せ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

1  主文と同旨。

2  仮執行の宣言。

二、被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、昭和二三年六月一日、その所有にかかる別紙物件目録記載の各土地(以下本件土地という。)を、被告カマタ株式会社(以下被告カマタという。なお、同被告は、もと蒲田煉炭有限会社と称していたが、昭和四四年三月二〇日組織変更により蒲田煉炭株式会社となり、さらに昭和四八年四月一〇日商号変更によりカマタ株式会社となる。)に対し、次のとおりの約定で賃貸した。

(一) 目的 木造建物の所有

(二) 期間 昭和二三年六月一日から二〇年

(三) 賃料 一か月3.3平方メートル当り金二円

(四) 特約 被告カマタが、賃料の支払を三か月以上怠つたときまたは本契約条項に違背したときは、原告は、催告を要せず即時賃貸借契約を解除することができる。

2  原告は、その後昭和四四年四月四日、被告カマタとの間で、右賃貸借について生じた紛争を解決するため、東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第九八八六号建物収去土地明渡請求事件について、要旨次のとおりの訴訟上の和解をした。

(一) 賃貸借契約の前記約定のうち、期間を昭和四四年四月一日から二〇年間に、賃料を一か月3.3平方メートル当り金六三円にそれぞれ変更する。

(二) 被告カマタは、昭和四四年四月四日から三年以内に本件土地上に木造二階建の家屋を新築する。

3  ところが、被告カマタは、その後本件土地上に従前から所有している建物が朽廃または滅失したにもかかわらず、右和解で定められた期限までに本件土地上に木造二階建家屋を新築しなかつたのみならず、昭和四六年一一月ころから、本件土地を整地して砂利を敷き固め、厚さ数十センチメートルのコンクリートを打つたうえ、被告日東商事株式会社(以下被告日東という。)の経営するボーリング場に来集する客の駐車場として使用させており、被告日東は、現在も、そのようにしてこれを占有している。

4  してみると、被告カマタの右行為は、本件土地の賃貸借契約の目的を変更し、かつ、その目的物件に重大な変更を加える背信的な契約違反行為というべきであり、仮にそうでないとしても、被告日東に対し、本件土地の賃借権を譲渡したかまたは本件土地を転貸したものというべきである。

5  そこで、原告は、被告カマタに対し、昭和四七年六月二日到達の書面をもつて、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

6  よつて、原告は、被告カマタに対しては、右賃貸借契約の解除に基づく原状回復請求を理由として、被告日東に対しては、所有権に基づく明渡し請求を理由として、本件土地を明け渡すことを求める。

〈以下事実欄省略〉

理由

一原告が昭和二三年六月一日被告カマタに対し原告の所有にかかる本件土地を原告主張の約定(但し、無催告解除の特約があつたとの点を除く。)で賃貸したこと、原告と被告カマタとの間において、昭和四四年四月四日、東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第九八八六号建物収去土地明渡請求事件につき、原告主張のごとき内容の和解が成立したこと、原告が被告カマタに対し昭和四七年六月二日到達の書面をもつて右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、原告のなした右賃貸借契約解除の意思表示の効力について判断する。

まず、被告カマタが、昭和四四年四月四日から三年以内に本件土地上に木造二階建の家屋を建築せず、昭和四六年一一月ごろから、これを整地して砂利を敷き固め、その上にコンクリートを敷設して、被告日東の経営するボーリング場に来集する客の駐車場として使用させていることは、当裏者間に争いがない。そして、〈証拠〉を総合すると、右コンクリートの敷設工事は、被告カマタが、昭和四六年五月ごろ、株式会社荒井組に対し、本件土地の西側に公道をはさんで接している土地上にボーリング場の建物を建築する工事を請け負わせた際、合せて本件土地を駐車場にするために請け負わせたものであつて、同会社は、同年一一月ごろから、右請負契約に基づき、まず本件土地全体にわたり従前から敷設してあつた厚さ約一〇センチメートルのコンクリートを全部取り除くとともに、被告カマタが本件土地上の北側と東側に所有していた木造二階建工場及び木造平家建倉庫各一棟をとり毀し、次いで本件土地全体に厚さ約一五センチメートルの砕石を敷き、これをローラーで平らにし、その上に厚さ約一〇ないし一五センチメートルのコンクリートを敷設したうえ、本件土地の東端及び南端にブロック塀を設置して、本件土地を駐車場にする工事を完成したこと、被告カマタは、昭和四六年一二月以降、本件土地を専ら被告日東にその経営するボーリング場に来集する客の駐車場として使用させていることを認めることができる。〈証拠判断略〉

ところで、土地の賃貸借契約において、賃借人が一定の期限までに建物を建築する特約がある場合であつても、賃借人の建築資金の入手難や請負人の工事遅延など賃借人に宥恕すべき事情があつて、この特約に違反したときは、直ちに賃貸借契約関係における信頼関係を破壊する事由があるといえないことは当然であるが、本件における前記の事実によれば、被告カマタは、何ら正当な事由がないのにかかわらず、建物建築期限内に約定の木造二階建家屋を建築しなかつたのみならず、その期限の経過前に原告に無断で本件土地上に駐車場を建設し、本件土地を建物所有の目的ではなく、主として被告日東の経営するボーリング場の来客用駐車場として永続的に使用しているものというべきであるから、社会通念上、被告カマタは、賃貸借契約において定められた用法に違背し、賃貸借契約関係における信頼関係を破壊し、賃貸借契約の継続を困難ならしめたものといわなければならない。

三ところで、被告らは、以上の点に関し、いくつかの事情をあげて、被告らの駐車場の建設・使用はいまだ原告に賃貸借契約の解除権を発生させるほどの背信行為であるとはいえないと主張しているので、以下この点について検討する。

1  まず、被告らは、建物の新築期限を昭和四四年四月四日から三年以内と定めた和解条項は、一応の定めにすぎないものであつて、被告カマタを法的に拘束するものではないと主張している。しかしながら、〈証拠〉によれれば、原告は、被告カマタに対し、請求原因1記載の賃貸借契約の期間満了の約八か月前である昭和四二年九月一六日、被告カマタの賃料不払による契約解除を理由として、建物収去土地明渡請求の訴を提起したところ、被告カマタはこれを争い、約一年六か月にわたり係争を続けたが、昭和四四年四月四日、原告と被告カマタとの間において原告の主張するとおりの和解が成立したものであること、右和解においては、被告カマタが、原告に対し、賃貸借契約の更新料の趣旨で示談金一八〇万円を支払うことが定められ、被告カマタがこれを支払つたことを認めることができ、しかも、〈証拠〉によれば、原告は些細なことにも容赫しない厳しい性格であつて、被告カマタの関係者もこのことを知つていたことが認められるから、右関係者は、本件和解条項、なかんずく本件土地の利用方法については、慎重を期し、特別の神経を使つてこれを定めたものと推認すべく、他にこの推認を覆えして、被告カマタが右和解条項に定めた新築期限に法的に拘束されない旨の了解があつたと認めるに足りる証拠はない。また、被告カマタは、右和解条項に定めた新築期限までに約定の家屋を建築しなかつたのは、その期限が昭和四八年三月末日であると誤解していたうえ、一度は木造二階建家屋の新築を計画して、その設計を業者に依頼したが、銀行等から木造ではなく鉄筋コンクリート造の建物を建築するように指導されたため、再度計画を練つているうちにその期限を徒過してしまつたものであると主張し、証人赤津一二の証言中には、右事実にそう供述がないわけではないが、それらの供述内容は極めて不自然、曖昧であつてにわかに信用することができないから、これを採用することは困難であるし、その他に右事実を確認するに足りる証拠はない。

2  次に、被告らは、被告カマタが本件土地に駐車場を建設し、被告日東の経営するボーリング場の来客用駐車場として使用させたとしても、被告カマタと被告日東との経営内容からみて、借地の譲渡、転貸には該らないと主張するので検討するに、〈証拠〉を総合すると、被告日東は、その役員構成が被告カマタと同一であり、その本店を被告カマタの横浜営業所に置いていること、被告日東は、会社設立後長らく休業していたが、昭和四六年五月被告カマタがプロパン充填所を川崎市へ移転したので、その後その跡地に建築されたボーリング場の建物において同年一二月からボーリング場を経営していることを認めることができ、また、〈証拠〉によれば、被告日東がボーリング場に使用している建物は、被告カマタの名義で所有権保存登記がなされていることを認めることができる。しかしながら、〈証拠〉を総合すると、被告カマタは、その発行済株式の全部がその役員によつて保有されているのに対し、被告日東は、その発行済株式の約四分の一が、その役員以外の被告カマタの従業員らによつて保有されていること、被告日東は、被告カマタがその事業目的としていない遊技場の経営を事業目的の一つとしていることを認めることができる。そうすると、被告日東は、経営上被告カマタと極めて密接な関係にあるということができるから、本件借地の使用が、譲渡、転貸に該るか否かについては疑問の余地がないわけではないが、しかし、かかる土地の利用は、やはり原告と被告カマタとが和解成立の当時予測していた土地の利用方法とは著るしく異なるものであるといわざるをえず、したがつて、賃貸借契約関係における信頼関係を破壊する一事由に該当するものと評価せざるをえない。のみならず、〈証拠〉によれば、和解契約の成立時において、被告カマタが本件土地を将来ボーリング場に来集する客の駐車場として使用する目的で賃借するものであることを原告が知つていたとすれば、原告は、そのような営業用駐車場は、騒音、排気ガス等によつて、近隣に多大のめいわくを与えることになるため、本件土地を被告カマタに賃貸する意思は全くなかつたことを認めることができる。したがつて、被告らの右主張も採用するに由ないところである。なお、原告の契約解除が容認されず、原告と被告カマタとの間に本件土地の賃貸借契約が存続するとしても、被告カマタは、前記建物新築期限の特約があるため、もはや本件土地上に建物を建築してこれを利用することはできなくなつたものといわなければならない。

四そこで、以上を総合して判断すると、被告カマタの前記一連の行為は、本件土地の単なる用法違反行為であるにとどまらず、その賃貸人である原告との間の信頼関係を破壊する行為であると評価せざるをえず、原告は、これを理由として本件土地の賃貸借契約を解除することができるものというべきである。

そして、本件のように、賃借人たる被告カマタに前記のごとき著しい義務違反があり、その契約関係の継続を困難ならしめる不信行為がある場合には、賃貸人たる原告は、民法五四一条所定の催告を要せず直ちに賃貸借契約を解除することができるものと解するのが相当であるから、原告のなした前記契約解除の意思表示は有効である。

五被告日東が現在本件土地をボーリング場の来客用駐車場として使用し、これを占有していることは、当事者間に争いがない。

六以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言については、その必要がないものと認め、その宣言を求める原告の申立を却下する。

(奥村長生 塩崎勤 楢崎康英)

物件目録、図面〈省略〉

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